ボルトの使用温度の上限は、300℃から150℃へ下がった — 刻印は同じまま、JIS B 1051の版だけが変わった

カタログの数字
使用温度の上限 — 300℃(1991年版の備考)→−50℃〜+150℃(2014年版の注記1)
根拠となる規格
JIS B 1051(1991年改正版および2014年版=ISO 898-1:2013と一致)
その数字を作った試験条件
2014年版は10℃〜35℃の環境温度範囲で試験した機械的性質を規定。使用は−50℃〜+150℃を想定し、150℃超〜300℃は締結用部品の材料の専門家からの助言を受けて選択する帯とされた
前提が決まった年
1991年改正で備考に300℃を明記。2000年改正で試験の環境温度を10〜35℃に規定。2014年改正の主な改正点の筆頭が「試験温度と使用温度範囲を明確化する」
「使用温度の上限 — 300℃(1991年版の備考)→−50℃〜+150℃(2014年版の注記1)」という数字の家系図。カタログの表示から、それを定めた規格と試験条件までを辿ったもの。

ボルトの強度区分「10.9」の刻印は、1991年に作られたボルトにも、2015年に作られたボルトにも、同じ形で打たれています。ところがこの刻印を裏づける規格、JIS B 1051の側は、その間に想定使用温度の上限を300℃から150℃へ半分にしました。

刻印は変わらず、文書だけが変わる。今回はこの一点を、版をまたいで追いかけます。

資料には何が書かれているか — 300℃は備考に、150℃は注記にある

この規格の歩みを先に置いておきます。JIS B 1051は1972年(昭和47年)の制定後、1976年・1985年・1991年・2000年の改正を経て、2014年版に至ります。今回の主資料は、この改正の経緯をまとめた日本ねじ研究協会の解説(同協会誌44巻掲載の改正案解説)で、版ごとの要点が解説表として整理されています。温度の扱いを版で比べる、という本記事の読み方ができるのは、この資料が制定から現行までを一続きに並べてくれているおかげです。

まず古い側から。日本ねじ研究協会の改正解説は、1991年改正について次のように書いています。適用範囲の項で、この規格が規定する機械的性質の値は「常温」で試験をしたときの値であると規定し、一方、備考では、この規格の規定を満足する製品は300℃までの温度環境で使用できるとした——。

日本ねじ研究協会「JIS B 1051 改正の経緯と解説」1991年改正の項(要旨)|資料の記述(要旨)

機械的性質の値は「常温」で試験したときの値と規定し、備考で、この規格の規定を満足する製品は300℃までの温度環境で使用できるとした。「常温」を超えた場合の下降伏点又は耐力がどのように低下するかのデータを、参考付表1として示した。

つまり1991年版の建て付けは、試験は常温、使用は300℃まで、高温での性能低下は参考データ扱い、というものでした。試験した温度と使ってよい温度のあいだに10倍近い開きがあり、その橋渡しは「参考」の付表が担っていたことになります。

次に現行の2014年版。規格票の公開プレビューで、箇条1(適用範囲)を直接読めます。

JIS B 1051:2014 箇条1(適用範囲)注記1|資料の記述(要旨)

この規格で規定するおねじ部品は、−50℃〜+150℃の温度範囲で使用する。−50℃より低い温度及び+150℃を超えて+300℃までの温度範囲については、個々の適用状況に対して適切な選択を行うために、締結用部品の材料の専門家からの助言を受ける。

試験の条件も明文化されました。適用範囲の1文目が「10℃〜35℃の環境温度範囲で試験を行ったときの機械的及び物理的性質について規定する」と書き、高温(附属書B参照)や低温では規定の性質を満足しないことがある、と本文が自分で断っています。改正解説の側でも、2014年版の主な改正点の筆頭は「試験温度と使用温度範囲を明確化する」でした。

定義の表

試験条件の項目規定されている値・条件注記
1991年版・試験温度「常温」 二次資料で確認改正解説による。数値の幅は当時の版の原文未読
1991年版・使用温度300℃まで使用できる(備考) 二次資料で確認高温での低下データは参考付表1
2000年改正試験の環境温度を10〜35℃に規定 二次資料で確認改正解説の改正点(5)
2014年版・試験温度10℃〜35℃の環境温度範囲 一次資料で確認箇条1をプレビューで直接確認
2014年版・使用温度−50℃〜+150℃(注記1) 一次資料で確認150℃超〜300℃は材料の専門家の助言を受ける帯
高温の性質附属書Bに規定(中身は未読) 一次資料で確認本文は「高温・低温では規定の性質を満足しないことがある」と明記
JIS B 1051 — 版ごとの温度の扱い(確認できた範囲)

この数字をどう読むか — 300℃は消えたのではなく、格下げされた

二つの版を並べると、単純な「上限の切り下げ」とは少し違う絵が見えます。2014年版の注記は、150℃で話を打ち切っていません。150℃を超えて300℃までの帯を名指しした上で、そこは専門家の助言を受けて個別に選択する領域だ、と位置づけています。300℃という数字そのものは、いまも規格の中に残っているのです。

変わったのは数字の身分です。1991年版では、300℃は「この規格を満たす製品なら使える」と備考が請け合う上限でした。2014年版では、150℃までが規格の請け合う範囲になり、そこから300℃までは「規格は面倒を見ない。個別に検討せよ」という帯になった。無条件の備考から、条件付きの相談領域へ。上限が下がったというより、規格が責任を持つ線と、設計者が自分で考える領域の境目が引き直された、と読むほうが正確です。

この引き直しには伏線があります。1991年版の時点で、常温を超えると下降伏点や耐力が低下していくデータは参考付表として規格自身が示していました。300℃まで「使える」と書きながら、そこに至る途中で性能が落ちていくことも同じ文書が知っていた。2014年版の注記は、この参考扱いだった不都合を、適用範囲の正面に持ってきた形です。

もうひとつ効いているのが試験温度の明文化です。「常温」という言葉は、2000年改正で10〜35℃という数値になりました。試験の条件が数値で固定されると、「では、その範囲の外はどうなのか」という問いも輪郭を持ちます。10〜35℃で測った性質を根拠に、どの温度まで請け合えるか——150℃という線は、この問いへの2014年版の答えです。なぜ150℃なのかの技術的根拠までは、今回開いた資料には書かれていませんでした(limits欄参照)。

温度に触れた改正は、実は注記だけにとどまりません。2014年版の主な改正点のリストには「焼戻し温度の低い10.9を削除したが、焼戻し温度の低い12.9を追加する」という項目が並んでいます。焼戻し温度とは、焼入れした鋼を再加熱して性質を整える熱処理の温度のこと。使用温度の上限を明確にした同じ改正で、製造時の熱履歴が異なる区分の出し入れも行われました。使う温度と作る温度。この版の改正リストは、どちらの向きでも温度というパラメータを整理し直しています。

もうひとつ、切り替えの作法も資料に残っています。解説のまえがきの項によれば、改正内容を利用者に周知する期間として、平成27年(2015年)3月31日までは新旧のJISが併存すると明示されました。規格の側も、現場が一夜で切り替わらないことを知っているわけです。裏を返せば、その併存期間が終わった後は、300℃の備考を根拠にした運用は現行版の建て付けと合わなくなります。

見落としやすいのは、線が高温側だけに引かれたのではないことです。注記1は−50℃より低い温度も、150℃超と同じ「専門家の助言を受ける」帯に置いています。鋼は低温で粘りを失い、もろくなる側の心配が出てくる領域です。1991年版の解説には低温側の記述を確認できなかったので、この下側の線がいつ引かれたのかまでは追えていませんが、現行版が使用温度を「範囲」として上下両側から挟んだことは、公開部分の文言そのままです。

実務側から見ると、これは在庫と図面の問題になります。1990年代の設計基準で「ボルトは300℃まで可」と書かれた古い図面や社内規定が、そのまま生きている現場はあり得ます。ボルトの箱にも刻印にも、この改正は現れません。ボルトの「10.9」が呼び値と合否ラインの二重構造を持っていたのと同じで、刻印は規格本文とセットで初めて意味が確定します。そして本文のほうは、静かに版を重ねます。

規格の想定が時代とともに動く構図は、エアコンの畳数の目安が1965年の住宅を想定し続けているのと対になっています。あちらは想定が古いまま数字が残った例、こちらは想定のほうを規格が引き直した例。どちらも、カタログや刻印の数字だけを見ていると気づけません。

あなたの条件ならこう読み替える

高めの温度環境でボルトを使う・図面を読むとき、どう読み替えるか
常温〜150℃の範囲で使う
現行規格の想定範囲内として、強度区分の機械的性質を通常どおり読む
2014年版の注記1が使用温度範囲としている帯
150℃を超える環境で使う
汎用の強度区分品で済ませず、材料の専門家・メーカーに相談する
150℃超〜300℃は規格が「専門家の助言を受ける」と明記した帯。附属書Bに高温の性質の規定があるが本記事では未読
「300℃まで可」と書かれた古い図面・社内基準に出会った
1991年版の備考に基づく記述の可能性を疑い、現行版の考え方で見直す
同じ規格番号でも、版によって使用温度の扱いが違う
低温(−50℃より下)で使う
こちらも注記1の範囲外。同様に個別検討の領域として扱う
注記1は低温側にも線を引いている

刻印の「10.9」は、1991年のボルトでも2015年のボルトでも同じ顔をしています。違うのは、その刻印を保証している文書の中身です。規格を引くときに版まで確かめる習慣は、こういう静かな引き直しを見落とさないための、ほとんど唯一の防御になります。

確認できていないこと

1991年版・2000年版の規格票原文は未読で、両版の記述は日本ねじ研究協会の改正解説による。150℃という線の技術的根拠、附属書B(高温の機械的性質)の中身は確認できていない。高温用ボルトの材料選定は本記事の範囲に含めない。

この数字について、よく調べられている疑問

手元の古いボルトは300℃まで使えるのですか。

1991年版の規格は備考で「300℃までの温度環境で使用できる」としていましたが、現行の2014年版は使用温度範囲を−50℃〜+150℃とし、150℃超〜300℃は材料の専門家の助言を受けて選択する領域に改めました。同じ刻印のボルトでも、いま設計判断のよりどころになるのは現行版です。高温で使う場合は現行規格の考え方に従い、専門家・メーカーに確認してください。

150℃を超えるとボルトはすぐ壊れるのですか。

そうとは限りません。規格が言っているのは「150℃までなら規定の機械的性質を請け合う。それを超える帯は個別に検討せよ」という保証範囲の線引きです。常温を超えた場合に下降伏点や耐力が低下していくデータは1991年版でも参考付表として示されており、低下の程度を踏まえた個別の設計判断が求められます。

使用温度は下がったのに、なぜ刻印は変わらないのですか。

強度区分の刻印(10.9など)は「10〜35℃で試験したときの機械的性質」の分類であって、使用温度の表示を含んでいないからです。温度の前提は規格本文の適用範囲や注記に書かれており、刻印からは読み取れません。同じ刻印の裏で、参照すべき文書の中身が版とともに変わっています。

この記事の限界

  • 1991年版・2000年版の規格票原文は読んでいない。両版の温度に関する記述は、日本ねじ研究協会の改正解説の記載による。
  • 2014年版の附属書B(高温での機械的性質)の中身は、プレビューの公開範囲外のため読めていない。150℃を超えたとき各強度区分の耐力がどれだけ下がるかの数値は本記事では扱わない。
  • なぜ上限が150℃という値に引かれたのか(水素脆化・クリープ・焼戻し温度との関係など)の技術的根拠は、開いた資料からは確認できなかった。
  • 高温環境で実際にどのボルト(耐熱鋼・特殊材料)を選ぶべきかは、材料選定の判断であり本記事の範囲に含めない。

出典

  1. JIS B 1051 改正の経緯と解説/ 日本ねじ研究協会 / 2026-08-19 確認
  2. JIS B 1051:2014 公開プレビュー/ 日本規格協会 / 2026-08-19 確認

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